■理にかなった今の人事
会社の人事はゼロサムゲームなのでしょうか?
※ゼロサムゲーム:総和がゼロとなるプラスとマイナスの駒がある状態で奪い合う事。
勝者の裏には同じ量の損失を被る敗者がいる。(株式とかはそうですね)
ドラゴンボールの世界の様に元々持ってる戦闘力があり、その配分で組織のメンバーを決める。
メンバーの戦闘力を上げるために、途中修行をして鍛える。
それを毎年ぐるぐる回す。
確かに理にかなっているのですが、その理っていうのが、
今、人が会社で発揮してる能力でのゼロサムを前提としているんだと思います。
■心理的安全性が保たれた時の人事
では昨日書いた
「心理的安全性」が担保された組織だと…
その人の戦闘力って100倍とか出るはず…
なんですよね…
今発揮してる能力でゼロサムやると、人が持ってるポテシャンシャルを無視してしまうので…
例えば人の能力の総和を1万としたら、そのうち100くらいの力の範囲だけでゼロサム配置してるんじゃないでしょうか?
何か無意味だなぁ…って気がしてしまいます。
■人事はともかく仕事って…
人は楽しい事にはいつまでもエネルギーを使えたりします。
楽しい仕事なんてない!
と言う前提に立つ人も沢山いるので、そうかもしれませんが、私は楽しめてしまってます。
何だか仕事は我慢するものだとの前提が強すぎるだけな気がしてます。
みんなそれぞれ楽しい仕事のゾーンはあるんだと…
人の持ってるポテンシャルは色んなジャンルがあるとして、その人のポテンシャルが発揮できるゾーンになるべく、はめていくような人事になれば、会社と労働者の関係はゼロサムじゃなくて、win-winになれる。
世界で急激にのびてる会社はこの力を使って、異常な急成長を実現してる筈です。
※GAFA超える勢いで成長してる日本人経営者のメルカリもそんな感じ(^^)
そんな事言うなら、そう言う会社に行けばいいじゃん!
と言われそうですが…
そこの議論は長くなるので割愛(笑)
■組織じゃなくて個人の話です。
今回私が言いたい事は組織の改革というより、個人のマインドの部分。
今の仕事に対して、こう言う風にしなきゃ行けない!と思って嫌々やってませんか?
会社って言うのはやらない事は悪なので、やらないならムチ打ってやらせますが、自発的にやる事は経験上、意外と寛容です。
そんくらいのキャパを組織としてもってます(^^)
自分の持ってるポテンシャルを自由に発揮してみる。
心と行動を一致させて、仕事を楽しんでしまう。
これを意識すると、当社の人事評価上もよい評価になるフレームワークにはなってます。
(そのフレームワークが機能してるかはまた別なのですが…)
バランスは取りながらでよいので、少しずつ少しずつ…
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