出来そうも無いことを追いかけたり…
常識とはちょっとずれるけどこの動きを取った方が絶対によい!と思って行動に移したりすると、心配してくれる人も沢山います。
それは、優しさなのは分かってるのに、つい反論気味に返してしまいます。
受け入れると自分の芯が抜かれる感覚なんです。。。。
それは何故かと自分の心に問いただしてみてました…
結果
『周りの共鳴が少ない事をやろうとすると自分の中でそれが折れないように、踏ん張ってる状態でいるから』
だと理解しました。
一方で、家族にしろ、仕事にしろ一人ではやってない訳で心配を受け入れず反論ばかりしても仲間になれないです。
自分の自由意志での判断を正当化する為に、他の人の自由意志も全力で認めるようにはなってきましたが、まだまだ反論的に返してしまうのは抜けません。
そう言えば、田中角栄がいってました。
「政治とは0か100で判断するのではなく、グレーゾーンも含めて30とか70とかで判断して皆の理解を得ながら進める力が必要だ」
自分の自由意志では、0か100を決めれますし、その方がわかりやすいのですが、周りの心の動きも考えて30とか70で判断する事も含めて、自分の意志!という風にしないといけないと感じました。
今私の中では0か100で自分の自由意志と定めてしまって、30や70で判断するのは妥協点として捉えてしまってます。
(結果多くの事は妥協しながら進めてはいますけどね…)
心が突っ張ってしまうのはこう言うことだなと理解しました。
ちょっと言い方変えると
0か100のスタンスで判断する事は簡単なんですね。
30とか70のラインで判断しようとすると、人によってラインを引くポイントがビミョーに異なる状況も産むので、ちょっとした意識のズレもおこる事は想定できるし、決めにくいです。。。。
昔何気に聞いていた角栄の言葉の意味が、ミョーに腹落ちしてしまいました…(笑)
角栄は凄いね(笑)
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